そこが大切なのだと実感

このたび 学生時代からの友人が50代で亡くなったわけですが

うっそー という感覚は否めませんでした


連絡を受けて だんなさんがまずやったことは
連絡をくれた友達と故人の家に行ってみること
でした(私は出かけていていませんでした)

帰ってくると だんなさんは言いました

ヨシが本当に死んでた


布団に寝ていた友人はまるで寝ているかのようだった
でも・・・
ということでした


へー そうなんだ


私は告別式で故人と対面しました


ほんとだ
ほんとにヨシくんが死んでるね とだんなさんに言いました


そこで私は受け入れたのです
あぁ、本当に亡くなったのだ


日本人にとってご遺体はとても重要なのだと聞いたことがあります
対面して初めてあきらめることができるのだと
うやまい、丁寧に扱うのが日本人の弔いのとくちょうでもあるのだ、と

えー そぉ? と思っていたけれども
どうやらこれは本当です


穏やかでした
あっけないね人の命って
 
かなりしっかり者だったし 実に頼りになる男でした
いつもそこにいて仕切ってくれました

安心できる友人だった
色々なことをよく知っていたよね


でも、もういないんだと実感できました 対面したから
お棺にお花を入れたから

それは とても大切な儀式なのだと思った一日でした




この記事へのコメント

あめめ
2014年08月26日 07:21
そうだね。大切だね。
でも…私は見てもまだ認識していない…というか…なんだろね。そしてね、永遠になるね(永遠ったって私自身が生きている限りだけれど)。
たた美
2014年08月26日 22:22
認めてしまう=自分がいなくなってしまう
ということなのかな

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