ピンカートン夫人

P介と蝶々夫人を見てきた。


これ、外国の人に理解できるのかなぁ?
と思ったところがいくつかあった。
どうやらそもそもは武士の娘っていうことらしいじゃないですか。


この演目に限っては日本人でよかったかもしれない、と思った。

きっと同じことを思ったお客さんたちが
おじさんもおばさんもみんな泣いていた。

話知ってるのに、それでも泣ける話だなやっぱ。
歌もうまくないと興ざめよね。




この記事へのコメント

chacha
2009年10月13日 10:22
ってことは、イタリアやドイツのオペラは日本人には???なんだよ。
分かった、だからしるべはオペラ爆睡なんだ
たた美
2009年10月13日 12:05
そうかもしれない。
その時代の習慣とか常識とか考え方とかわからないところがあるんだきっと。
だから解説本を読んでから行くといいねきっと。

宗教的なことはchachaはわかるからいいねー。
楽しめると思うんだよ、映画見ても絵画見ても。
あめめ
2009年10月13日 17:24
町長…じゃない、蝶々夫人は未だに時々演出とかで物議をかもし出す
よね。ただ、書いた人が外国人なのだから、彼らの目にそう見えた・
見える、というスタンスで見たり聴いたりすることも大事なのかも
しれない…と、思うこともある。…けれど時々、「いやぁ、いくら
なんでもそれは…」ってのあるけれど、ね。
たた美
2009年10月13日 19:34
蝶々さんのおじさんがさー
ボンゾ とか言う名前なんだよね。
日本人なのになんでボンゾ?って思ってたら
デカいお坊さんが出てきた。
ぼうずじゃん(^^;)

演出が日本人だったから、そんなに違和感はなくて美しい舞台だったよ。

日本人の精神とか暮らし方とか、彼らには不思議なことがたくさんあったんだろうねー。
だけど、もう100年以上続いてるみたいだから、まぁそれぞれの解釈、っていう感じなのかもねぇ。

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