父が亡くなりました

2019年7月29日

最愛の父が亡くなりました。

さすが父!
老衰で亡くなったのです。
94歳でした。

最期まで歩いていました。

最期に ニカーっと 笑いました。

「おかえりなさーい」と私が言ったのに対する応えでした。

誤嚥性肺炎で4日ほど入院し、退院して家の敷地内に車(弟の)で帰りました。
助手席から、なんとか出てきた時に 私が声をかけたのです。

「おかえりなさーい」
それに対してニカーっと。


それが最期でした。

そのあとは一歩も出ず
目がすわってきました

心臓と呼吸が止まり、再び救急車で入院。

延命はせず、三日後に入院先で亡くなりました。


すごいなぁ
94年の人生。
すごい。
男性の平均寿命を20年くらい上回っているよね

死んで行く身体には、水も栄養も必要ないらしいです。
与えられると かえって苦しいんだって。

そのことを友人(元ケアマネ)から聞いていました。
なので 医師から「どうしますか」と言われた時に
「治療しない幸せもある」って言えました。

「死ぬのはしょうがないけど、痛いのは嫌だな」と聞いていたから言えたことでした。

弟は「いざそうなった時には自分はどう思うかわからない」と言っていました。
延命してくれ、と思うかもしれない、と。

でも大丈夫でした。
「うん」と言ってくれました。

喉を切開して栄養を入れる、などは せずに済みました。

お父さん、ありがとう。
十分でした。

十分に生きてくれました。
認知症になった母の介護もしてくれていました。
食事、掃除、洗濯。
10年以上。

なによりも存在がありがたかった。
お父さんという存在が大きかった。

最後、家事はできなくなっていたけど、父は私の心のよりどころでした。
きっと もうすぐ違う世界に行ってしまう。
1年で10キロ痩せてしまった。
腸が栄養を吸収できなくなっている。

覚悟はしていました

でも本当に死んでしまうのね、人間って。

90、100まで生きるというのも遺された人たちへのプレゼントかもしれません

「せめてもう一度会いたい」とか「こうしてあげればよかった」とか、そんな後悔は一切ありません。
伝えたいことは全て伝えることができました。
「今までありがとう」「お父さん、大好き」

だって94歳まで生きてくれたのだもの。
言いたいことを言う時間は たっぷりとありました。


ありがとうお父さん。
不自由になった身体を脱ぎ捨てて、自由になってください。









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この記事へのコメント

たた美
2019年08月27日 22:21
晩年、お金に執着する様子がありました。
最後、入院中の父に「お財布見つかったよ」と持って行くことができたのは何よりの親孝行だったかも。
布団の間に隠してあったものを発見して入院中の父に持って行きました。

父は昔、私と弟の教育費に四苦八苦していたんです。
父の実の妹の入院費用(戦争を原因とする精神病)に四苦八苦していたんです。

全く知りませんでした。
父が亡くなってわかったことです。
私も弟も、のんきに私立の高校、大学に行きました。
その時には仕方のないことでしたね。

お父さん、ありがとうございました。
しるべ
2019年09月01日 06:45
たた美、あなたは本当に良い父を持って幸せ者だね!!
これからは、何かにつけて孫たちと「思い出話し」して、がははははと笑ってください。
たた美
2019年09月02日 21:28
ありがとう。
そうするよ。
父がいなければ、私も孫たちもいなかったわけだけど、さらに下の世代になれば、もう父のことを知っている子はいなくなる。
でも私と孫はよく知っている。
がはははは と笑うのだ。
しるべ、ありがとう