講演会に行きました

心臓の講演会でした


とても医療が進歩しているそうです


講師の先生←世界的 : 処置を間違わなければ心臓では死ねません


死にたいのに死ねないのが一番つらいんだ と先生はおっしゃっていました

「看取りケア」ということも必要になるかもしれない。それほど死ねない、ということでした。


心臓の動脈瘤破裂の患者さんが運ばれてきたけれども 命に別状はなかったとか
(先日亡くなった よし君はこの病院に運ばれればよかった と思いました)



命を救うだけでなく、社会復帰までが治療である、というようなお話も


だんなさん、大丈夫だよ 死ねないんだって ←心筋梗塞


講師の先生: 心臓が左にある、と思っていらっしゃる方がまだいらっしゃいますが・・・


違うのか!(笑)

真ん中にあるそうです

肩が痛い、というのも心臓を疑っていいとか

へぇぇぇぇ

近所のおじさんは「背中が痛い」で医者に行ったら 心筋梗塞だったな、そういえば




今日の印象に残った言葉 : 人工弁は豚の心臓弁でできています


そうなの?(;'∀')
体の一部が動物になるわけ?  
ほー



心臓かも、と思って医師にかかった場合「ここが痛い」と言ってはいけないそうです
「この辺りが痛い」と言ってください、とのことでした。

ピンポイントで痛い、痛みが3cm以内 という場合、心臓とはみなされないそうです


いろいろと勉強になったなぁ
不整脈で自覚症状がある人がいるけど、症状の大きさと重症度とは関連がないそうです
自覚症状がないのに重症だということもあるとか
逆にすっごく自覚症状があっても軽症のことがあるらしい

胸が痛い、冷や汗が出る が15分以上続いたら救急車を呼んでください、ということでした



まぁ 人間必ず死ぬわけですけどね

「これで死んだら ピンピンコロリ だな、と思うこともあるんですが、助かります」とのことでした

考えちゃうわね

死に方を選ぶ時代が来るのかもしれないですね
死亡の時刻を自分で決める、とかね


この記事へのコメント

あめめ
2014年10月19日 11:28
そうなんだよぉ~、そこが問題。ころっといけない。
そしてそうなのだ。お医者さんに「心臓が痛い」と言うと診る前から「それは心臓じゃありませんね」と言われる。私の場合は、肩と背中と胃の上部が痛いから「心臓が痛い」と言ったのだけれど…そうか、そう言っちゃいけなかったんだな。
たた美
2014年10月20日 00:52
いけなかったんだなぁ。
「この辺り」と言うといいんだって。
「ここ」って言うと循環器系の先生はとたんに興味なくなっちゃうらしいよ(;^ω^)

死亡時刻が選べるようになったら・・・いつにしようかなー
それで安楽死できるならそれもいいよねぇ。
死ぬとき痛いのは嫌だな、と思ってさ。
あめめ
2014年10月20日 07:33
確かオランダではすでに安楽死が合法なんだけれど、それでも手続きとして安楽死を行った後、それをケアした医師と家族が一度法廷で”裁かれる”のが条件だそうな。色々難しいね。
確かにるいちゃんも死ぬのは怖くないけれど痛いのだけは嫌って言っていたのだ。
たた美
2014年10月20日 22:29
最後亡くなる時って人はとても気持ちがいい、ってこの前聞いてね。
信じよう、と(笑)
chacha
2014年10月21日 21:43
へぇ~
chachaの夫、心臓疾患あるのですごーーく勉強になりました。
>処置を間違わなければ心臓では死ねません
へぇ~。

死ぬときは、みんなお花畑をルンルンするらしいけど、人間の脳の働きからくるのだとしたら、本当に神さまの恵だなぁって思いました。

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